20年ぶりの訪問
所用で八王子に行った帰りに、久しぶりに武蔵高萩駅で降りて周辺の散歩をしました。武蔵高萩駅で降りるのは、2002年(平成14年)5月の貴賓室公開イベント以来、実に20年ぶりです。
貴賓室のあった駅南側の旧駅舎は、現在のさくら口の場所にありました。
旧駅舎も貴賓室も跡形もなく解体されています。貴賓室は上記写真の左側のエレベータ裏にありました。跡地は貴賓室下の防空壕跡もろとも完全に整地されて、コンクリート舗装までなされています。
さくら口の階段は、旧駅舎の川越側にありました。
さくら口の横は客車ホーム高で舗装され、簡便なフェンスで仕切られています。オリンピック等のイベント時に、簡単に臨時改札を開ける構造になっているようです。
指扇駅や西大宮駅とそっくり
コンコースは天井が高く、比較的広く作られています。また、高麗川側の壁面には、周辺の歴史の紹介コーナーがあります。
コンコースの構成とデザインは、指扇駅や西大宮駅とかなり似ています。おそらくこの武蔵高萩駅のデザインを汲んでいるのでしょう。戦前に一斉開業した兄弟駅のデザインが平成になって改修されてもなお似通っているのは、面白いと思います。
続いて、北側のあさひ口です。こちらには橋上化に合わせて完成した新しい出入口です。
ロータリーと連絡道路も橋上化に合わせて整備されたため、広く綺麗です。
元々北側のホームは島式で、外側の複線は貨物ホームとして利用されていました。昭和50年代頃までは川越方からも進入可能な構造でしたが、貨物や荷物の扱いもなくなり、国鉄末期には高麗川方からの一部を保線設備用に残して線路が撤去されました。
その貨物ホームの敷地はほぼそのまま埋められているだけで、容易に痕跡が確認できます。
貨物ホームの線路を流用した高麗川方の保線車両用の待避線は、現在もそのまま残っています。
改札内も小ぢんまりながら見覚えのあるデザイン
指扇駅の改札は、昔ながらの乗車駅証明書発行機とSuicaの簡易改札機とカップ入れの組み合わせです。なお、昼間は業務委託の駅員もいます。
まずは高麗川・八王子方面行きの1番線へ。階段は広いですが、エスカレータはありません。
高麗川方を1枚。緩やかにカーブしています。
続いて川越方を1枚。
コンコースを渡って、今度は川越方面行きの2番線に向かいました。
高麗川方を1枚。そこそこな乗客が川越行きを待っています。
続いて川越方を1枚。乗客に加えて、JRの清掃の業務委託の方がグループで待っていました。
最後に駅名標。1番線遠望と2番線のものです。
まとめ
構内踏切以外はほとんど全て新しく作り直されていますが、客車ホームの有効長やロータリーの広さをみると、やはり川越駅〜高麗川駅間では頭ひとつ抜けたような存在に感じます。
そして、改めて見てみると、指扇駅や西大宮駅とよく似たデザインだと再認識させられます。おそらくですが、近々設計が完了する南古谷駅も、似た駅舎になるのではないでしょうか。
ともあれ、設計を楽しみに待ちたいと思います。
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