川越市駅周辺のどの辺りが「虎の子の土地」?
東武鉄道が所有し自由にできるということで、いわゆる「虎の子の土地」となっている川越市駅とその周辺ですが、具体的にどの辺りが対象なのかと言われると、境目が曖昧な方も多いのではないでしょうか?
今回、公図を確認して土地の境界をざっくりと確認し、Google Map の航空写真と照らし合わせてみましたので、ぜひご覧ください。
意外と広い「虎の子の土地」

黄色で囲った部分が、東武鉄道の所有地となります。なお、最近再構築を実施した乗務員詰め所等の施設は除外しています。また、さすがに全ての筆の登記事項まで詳しく漁っていませんので、厳密に筆ごとの所有者までは確認していません。あくまでざっくりとした地図としてご覧いただければと思います。
参考までに、赤色で囲った部分が、2026年(令和8年)1月で閉店する西武本川越ぺぺです。比較すると、ぺぺに引けを取らない広さの土地であることがわかります。プリンスホテルの敷地まで含めても、川越市駅の線路と駅舎を含めた東武鉄道の所有地のほうが広い事がわかります。
なお、水色の部分は東武鉄道以外の私有地です。見ての通り、微妙な広さの中に住宅や飲食店が密集しています。黄色の土地の開発計画次第では、この水色の部分も買収される可能性があるのではないかと考えられます。
開発には道路の拡張が必須か
この東武鉄道の私有地を囲む道路は、4つあります。埼玉県道15号川越日高線六軒町交差点から川越市駅入口交差点を経て川越市駅前まで走る埼玉県道246号川越市停車場線 (以下「県道」)、川越市駅前から西武新宿線南大塚第13号踏切を経てアトレマルヒロの南側まで走る川越市道0008号線 (以下「市道8号線」)、川越市駅入口交差点から東武東上線第157号踏切とJR川越線の陸橋を経由して狭山方面へ抜ける入間川街道こと川越市道0013号線 (以下「入間川街道」)、おそらく東武鉄道の私道であるJR川越線沿いの道 (以下「私道」)です。
紹介した順に、道路の幅をざっくりと Google Map で調べてみました。




市道8号線以外は歩道がなく、幅6メートル以下でセンターラインもない道路です。私道に至っては、未舗装・幅員3メートル以下で、地元住民の通過に明確な制約はないものの、利用している光景はほとんどみられません。
埼玉県・川越市共に接道条件の中に道路幅員についての特別な制約はなく、位置指定道路に規定通り接道していれば問題はない認識です(詳しい方がいらっしゃいましたら、X の方でご指摘頂けますと幸いです)。しかし、幅6メートル以下という道路は市民の一般利用程度を想定したもので、とてもではありませんが商業施設の出入り口として耐えられるものではありません。

東和銀行川越支店前、クレアパーク付近のクレアモールの幅員が約6メートルですから、それと同じと考えていただければ、狭すぎるという考えに同意して頂けるはずです。
入間川街道・私道については、既にこの状況でありながら拡幅の計画はありませんが、県道川越市停車場線と市道8号線については、都市計画道路3・4・11市内循環線として拡幅と路線変更の計画があります。冒頭の図中、黒く示した線がこちらに該当します。昭和37年3月14日告示なので、未整備のまま60年以上も放置されている計画となります。
結び: インフラ整備の優先順序を入れ替えるべき
川越市は都市計画の面でも歴史があります。市制施行直後、大正末期から都市計画を策定し、現在の中央通りや川越街道も昭和11年告示の都市計画に基づき、現在も一部事業継続中です。また、先程も触れた市内循環線を含む多くの都市計画が、昭和37年に告示され、現在も有効な計画となっています。
川越市は関東大震災・東日本大震災でも致命的な被害を受けたわけでもなければ、戦争で丸焼けになったわけでもありません。即ち、焼け野原になってゼロからスタートを切ることができなかったのです。
それが今の歴史を残す観光都市としてのアドバンテージに繋がっていると同時に、狭隘で不便な街であり続ける原因ともなっています。
以前、近所の方が「川越は常に時代に合わせて進化してきた街で、川越まつりもそれに合わせて進化してきた」と言っていました。
確かに、川越は断絶なく進化をしてきた街です。故に古い計画も随時見直し、時代背景に合わせて、スピード感を保ったインフラ整備をすべきと改めて感じました。
